京阪神2006 ('06夏-国鉄を求めて<3>)
2006年8月たった一日ですが、京阪神を回ったときの記録です。国鉄型車輌を中心に。

先ずは、PF1113に牽かれて大阪に到着した銀河です。今回はこれで大阪入り。数ある列車のなかでもっとも国鉄を色濃く残した列車のひとつだと思います。

大阪に銀河が入線した同じホームの反対側には、6分前に到着した日本海2号が待機していました。当日の牽引機はトワイライトエクスプレス塗装のEF8143号機。これはこれで珍しいのかもしれませんが、「国鉄を求めて」という意味では、原色の81が良かったかも。いずれにせよ伝統の夜行列車が同じホームに並ぶ朝の大阪のこの僅かな時間は非常に貴重ですね。後ろに写る張り上げ屋根の201系(?)が良いです。かつて大阪急電合いの子クモハ53008の屋根が張り上げ屋根から通常の屋根にされてしまったことに対する抗議と感じたのは私だけ…でしょうね^^;

今回は「周遊きっぷ」を作っていったので、ゾーン内は特急自由席乗り放題。といってもこの京阪神ゾーンで普通は恩恵に与ることは少ないでしょうが、無理やり乗ろうとすると結構乗れます。というわけで、大阪から京都に向かうのに、「雷鳥」に乗りました。先頭はクハ481-300番台。外観は連結器カバーを除けばほぼまんま国鉄状態です。

485系雷鳥に乗って、もっと乗りたい衝動を抑えて京都で降ります。京都で構内をしばらく散策。

まずはかつての新快速117系。113系でデビューした後すぐにブルーライナーの愛称でブルーのラインのセコハン153系で大成功した新快速に153系代替用の専用形式として颯爽とデビューした形式です。
茶色のモケットの転換クロスシートが近郊型としては斬新でした。東京口では、ほぼ同時期の同等の車輌(デッキや洗面設備は持ってたとはいえ)が185系として特急扱い(朝夕は普通で運用してましたが)だったので羨ましかったですね。
シティーライナーの愛称。京阪間のスピードでは国鉄が絶対的なアドバンテージを持っていたけど153系というボックスシート車で京阪3000や阪急6300に及ばなかったのが、アコモ面でも並ぶか優位に立ちました。また近郊型形式を名乗りながらギヤ比は特急並を誇っていました。
流電モハ52に倣ったはずの伝統のマルーンとクリームは無残、グリーンに塗り替えられてます。中間車2両だけマルーンでした。

臨時急行「あおもり」として京都に到着した583系です。青森からのロングランということは走行距離1000km超です。国鉄時代の「明星」「なは」を凌いでいますね。583系が急行といえども本格寝台列車として使われていることは嬉しいです。これで色さえ戻してくれれば…。色は東、運用は西、でしょうか?

さて京都に向かった理由は、こどもに梅小路蒸気機関車館を見せてやりたかったから。自分自身も26年ぶりです。
朝開館直後に入ると、こんなものがターンテーブルに乗っていました。普通の色にしておいてもらった方が、蒸機末期の雰囲気になりそう…。

C612とC622は屋外展示でした。庫に入っているより撮影しやすいので、助かりました。ロッドを下死点に持っていってくれたら…なんて贅沢はいえません。

ロッドが赤く塗られていますが、現役時代に実績があったのでしょうか?蒸機現役世代では無いので、よくわかりませんが、最後の姿を留めているのなら函館本線仕様に忠実にしてもらいたいですね。とは言うもののこの機関車に火が入るだけでもありがたいことだと思わなきゃいけません。

派手に塗られたところが目立たないこのアングルの方がいいかな?

何気なく付けられたこのマークで命拾いをしたといっても過言ではないでしょう。このマークをつけて小樽に行って、補機として重連の先頭で活躍…がなければ、いくらここのお守りがあっても一歩間違えれば18号機と同じ運命だったでしょう。

C5345。いわずと知れた3シリンダー機です。この特異な方式の機関車が実は、100両弱製造されたということから、当時の蒸機の重要性がうかがい知れます。同じような用途の旅客電機の標準機EF53、EF56やEF57などそれぞれ20両にも満たない輌数しか製造されていないことを思うと、こんな特殊な機関車をいっきに90両以上つくってしまったなど、やはり蒸機が鉄道ひいては全陸上輸送の中心的存在だったのでしょう。

C551です。蒸機現役世代ではないので実感がありませんが、C55は宗谷本線に晩年まで残り、そのスポーク動輪の美しさを誇ったとのこと。冬の宗谷本線のルポを扱った雑誌のムック本を持っていたのでなんとなく写真での実感は…。元流線型車体のものは、標準形態に戻されたあとも流線型の名残で、更に随所が美しかったらしいですが、詳細知りません(因みに1号機は違います)。前の会社の先輩にぎりぎり蒸機世代の人がいて、「C57はボックスなんだよねぇ。あれがスポークだったら…」と言ってましたが、そう言わしめるスポークの優美さは理解できます。

D511。ナメクジです。貨物機にこんな流麗なスタイルを与えるなんて当時の蒸気機関車に対する各方面の意気込みが感じられます。この一部分だけ見ても日本の戦前の自動車と同時代のものとは思えない流麗さを感じますね。傑作機と呼ばれるものは、やはり整ったスタイリング、優れたデザインを持ってますね。
26年ぶりに訪れた梅小路は、混み合うことも無くゆっくりと保存機を見ることができよかったです。昔の記憶だともっと人で雑然としていたような気がしますが、自分の記憶よりはるかに良い印象でした。また訪れたいですね。

さて、梅小路を後にして山陰へ向かいました。こんな113系(115系?)。色も去ることながら内装がガラリと変わってました。117系から捻出(?)されたような転換クロスシート化。シートピッチと窓のピッチとは当然合いませんが、歓迎できる改装です。東のロングシート化と比べたら雲泥の差。これならお弁当も気兼ねなく食べられます。というわけで、昼時に駅弁持参で乗ったら同じことを考えていた人たちが他にも多数。かつて、ディーゼルや客レで往った路を電車に揺られゾーンの限界の亀岡まで、小トリップ。車窓はかなり宅地化が進んでいましたが、亀岡に近づくにつれ保津峡の風景になり旅行気分に。
実は、帰りは、元485の改造183系を使った特急で帰ろうと思っていたのですが、暑い中電車を待つのがいやという子供の限界で、帰りも同じような電車で京都までトンボ帰りしてきました。

ここから国鉄型ではないものが続きますが、京都から天王寺まで「はるか」に乗車。NEXと違って自由席連結がありがたいですね。京阪神ゾーンで関空まで行けるので、ゾーン券で全区間乗ろうと思えば乗れる特急です。関空まで行ってもしょうがないので、天王寺までとしました。ちょっとした電車の本には必ず登場するので、こどもにもおなじみの特急です。

なかなかシックな内外装です。NEXといい「はるか」といい空港に行く列車は比較的まとまりのあるまともなカッコウをしていると思うのは自分だけでしょか?

天王寺から環状線で大阪まで来たあと、快速で明石に向かいました。なぜなら新快速は混んでいたので…。113vs117時代と比べると、今は快速・新快速どちらに乗っても速達性が異なるだけで、アコモデーション的には同等なので、急いでなければ快速でも十分です。231系の天下となっている東京口の東海道線からみると羨ましいですね。何系というのかよくわかりませんが、今のステンレス地の新快速車輌よりこっちの快速に使われている一世代前の車輌の方が好きです。

何ゆえ明石に行ったかというと、これに乗るため。最後に残ったキハ181特急の「はまかぜ」です。明石から大阪までこれに乗る人はまずいませんでしたが、これも周遊きっぷの恩恵。電化区間を行くディーゼル特急の力走を楽しんできました。かつて「やくも」での最後の活躍を2回も体験しにいったぐらい好きな車輌です。

先頭のキハ181に乗りました。トイレ洗面所が省略されていているとはいえ、長大な機械室のために客室は短めです。

一見、電車特急と変わらない内装ですが、よく見たらこんなものが。スプリンクラーです。内燃機関を持つ車輌らしい安全設備ですね。

途中、東海道線でおきたトラブルのためダイヤが乱れ始め、20分ぐらい余計に乗ることができました。しかもダイヤが乱れ始めてからは加減速の繰り返しで、あの発車時のDML30HSが唸る音を何度となく聞けたのは幸運でした。キハ181は非常にまとまりのあるスタイリングです。最近のオモチャのようなJRの特急電車とこういう車輌を比べてしまうと悲しくなりますね。クルマが過去のパクリをやるように鉄道車両もどんどん(?)やってもらいたいです。
583系にしろキハ181にしろ、せっかくこんな貴重な財産を持っているのだから、躍起になって国鉄を消し去ってきたことに一段落ついた今、この辺で国鉄色に改装してみてはいかがでしょうか?きっといろいろな面でJR西に利益が還元されてくると思うのですが…。

さて最後に、大阪から京都まで、再び特急で向かいました。当初の計画だとサンダーバードに乗せてやるつもりだったのですが、前述のダイヤの乱れのため、とりあえず次に来た特急…というわけで、再び485の雷鳥です。乗った車輌がモハ485系の基本番台。というわけで、キノコ型クーラーAU12の室内送風機です。今や貴重な存在ですね。

というわけで、京阪神地区で国鉄型車輌を楽しんできましたが、やはりJR西の環境はJR東、特に東京近郊から見ると国鉄度合いが高いです。もうすぐすると、201系、185系と国鉄でも比較的最後の時期のデビューの車輌すら消えていきそうななかで、24系寝台列車が同じホームに並んだり、583系やキハ181が定期列車として残っている環境は国鉄時代のファンとしては羨ましい限りですね。

国鉄車輌ばかり集めたので、「みんなこんなんなの?」と誤解されないよう、新し目のJRの車輌も撮っておいたので紹介しておきます。何系かはぱっと見てわからないので省略^^;